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わたしはくすんだ緑色が好きです。ブレザーやシャツ・ズボンなど好んでこの色を着ます。以前勤めていた学校の先生からは「緑殿下」とあだ名されるほどなんです。そんなわたしが「緑の惨禍」を歌うはめになるとは‥‥。
ある日、仕事中に携帯電話が振動した。発信元は嫁さんだ。職場に電話してくることなどめったにないのでよほどのことなのだろう。脳裏に子どものことが浮かぶ。しかし電話に出てみると
「あんな、タンスの中がカビだらけやねん。どうしよう。」
子どものことではなかったので、ほっと胸をなで下ろす。しかしタンスがカビだらけ?内容がよく理解できないまま電話を切った。
帰ってみると嫁さんがすっ飛んできて、「衣装ダンスから洋服を出して袖を通した瞬間、湿めりけを感じ、脱ぐと腕にカビが付着していて気持ち悪かった」という話や「怖くて他の衣装を出すこともできない」状態であるという説明を受けた。
しかし放っておくわけにもいかない。思い切って衣装ダンスを開けた。異常はない、ように見える。「奥やねん、奥」という嫁さんの言葉を受けて洋服をかき分ける。なるほどタンス内面の背面の板に青緑色のコロニーが見える。わたしは衣装タンスの内側全面にカビが繁茂している状態を想像していたので、拍子抜けした。しかしこれはこれで大変な事態なのだ、と再認識するまでにさして時間はかからなかった。
被害はタンスに吊していた衣類にも及んでいた。防虫袋なしで直接つるしていたシャツなどはカビの餌食になっていた。クビ廻りや袖口などが真っ黄色になっているものもあった。
現状は確認した。とりあえず急いで行うことは、カビの拡散による被害を食い止めることだ。とにかく衣装ダンスの中を空っぽにすることを考え、思い切ってカビな衣類は捨てることに、それ以外は全てクリーニングに出すことにした。捨てる衣類を選別するとゴミ袋2袋あまりになった。その後、被害の少ない衣装を車に積み、クリーニング店へ直行した。全32点、クリーニング代8300円。そして次はミドリ電化へ。ここではカビキラー、ハンガータイプと据え置きタイプの乾燥剤(写真)を購入した。据え置きタイプは需要があるのか、3社から発売されていた。やはり気密性の高いマンション住まいが増えて、同様の被害が増えているのだろう。
しかし一生ものだと思って買ったタンスがたった3年でカビの餌食になろうとは。衣装タンスと整理タンスだけで60万もした府中の桐タンスだ。管理が悪かったとはいえ、背面にベニヤのようなうすい板を使用する構造にはちょっと首をかしげるぞ。
次にする仕事は、タンス内のカビの除去だ。
最初は拭き取り。嫁さんに用意してもらったぬれ雑巾でひたすらタンスの内面を拭いていくのだ。カビのついた雑巾でカビのついていない部分をこすると、そこに新たな胞子をばらまくおそれがあるので、慎重にふき取る必要がある。
まず棚板をはずす。ぱっと見には被害がないように見える棚板には無色の胞子が積もっていた。拭き取ればきれいになった。
次に本丸のタンス内部の背板だ。
全体に繁殖しているのは青緑色のカビだ。中心ほど濃い円形のコロニーが間隔を置いて分布している。まるでオーストラリアかアメリカ大陸中央部の都市分布を見るようだ。
タンスの下段中央部がもっともひどく、水が滴っている。この部分にはジャムを塗ったように赤色のカビが繁殖。
タンス下段下部には、黄色や白色の綿状のカビが繁殖。もっとも立体的なカビで高さが1cm以上もある。遠目に見るとクリームのように見える。ためしに指でぬぐって口に運んでみるとこれがなかなかイケる。意外となめらかな舌触り、芳醇な香りが口中にひろがるのだ。お酒のつまみにもいいかもしれない(ほとんどウソです)。
底の浅いカビはふき取りで除去できた。しかしほとんどは板材の内部にまで菌糸が進入していて色が落ちない。気がつくと衣装タンス周辺には黴臭が充満している。
次はカビキラーだ。説明書きには40倍に薄めるよう書いてあったが、面倒なので直接雑巾にしみこませて、ごしごしと塗りたくった。これで板の内部に進入したカビの菌糸を直接攻撃だ。 最後はもう一度ふき取り。余分なカビキラーを雑巾でぬぐっていった。
これで一日目の作業は終わり。この夜、湿度計で計ると部屋を閉め切った状態だと湿度90%以上(針が振りきっていた)を記録。冷え込むほど湿度は上昇するのだ。思うにリビングでは乳児のため、昼間は加湿器によって60%の湿度を維持している。その空気がタンスの部屋に流れ込み、夜間、窓越しに冷やされて湿度が上がっていたのだろう。振り返ってみるといままでも夜間に湿り気を感じることが確かにあった。しかしタンスの内部でこんな事態が進行しているなんて思いもよらなかったなぁ。
窓の上部に小窓がついているのでそれを開けると乾燥した外気が入ってきて湿度が下がった。カビの生えた衣装タンスは開けっ放しにして放置。これでカビの繁殖は防ぐことができるだろう。しかし同時に非常にさむーい部屋ができてしまった。
カビとは菌類です。同じなかまにキノコがありますね。水虫も菌類です。
栄養分は周囲の有機物を分解することで得ています。我々がとても消化できないような、ゴムやプラスチック、接着剤などでも栄養となり得ます。もちろん木材など容易に分解できるでしょうね。しかし我々が水無しには生きていけないように、彼らも湿気がないと生きていけません。水虫がしめった足の裏にできやすいのも同じ理屈ですね。
菌類の本体は菌糸という糸状のもので、これは一般に無色です。落ち葉などをめくると糸くずのようなものが付いていることがありますが、それが菌糸です。菌糸は細胞分裂によってどんどん網の目状や直線状になかまを殖やしていきます。そして栄養状態が良くなると胞子をつくり、周囲にばらまくことで一気になかまを殖やします。我々がカビと呼んでいる部分(青緑色やら黄色やらの部分)が胞子の集まりです。キノコは子実体といって傘の中に胞子をもっています。時期が来るとキノコが開くのは、傘の中の胞子を少しでも遠くへばらまくためです。
菌類は栄養状態が良くないときは菌糸の状態でじっと耐えていますから、胞子やキノコが無いからといって安心できません。菌類をはびこらせないためには、乾燥状態と無栄養状態を維持する必要があるのです。水虫治療に根気がいるというのも理解できますね。
翌日、嫁さんのお母さんにも手伝ってもらって3人がかりでタンスを移動。裏側に回り込んでみた。するとまたもや青かび天下。タンスの背面は元々うすい板材を使っていたのだが、手で押してへこむくらい弱くなっている。またも前日と同様の作業を繰り返す。そして隣の整理ダンスの裏側に回り込んでみたところ、またまた青かび天下、以下同文。
対策の第2段として紙ヤスリを用意した。菌糸が繁殖しているであろう部分を物理的に削り取っていこうと思ったのだ。しかし内部にまで浸透しているものには効かなかった。下手をすると板材まるまる削ってしまいそうだったので、この作戦は一定の成果を上げて終了した。
様々な処置が功を奏したのか、徐々にカビあとは薄れつつあります。タンスの配置も窓から離しました。しかし先に述べたようにカビの菌糸(本体)はまだまだ潜んでいると考えられますので、今後も経過を見守りたいと思います。最悪背面の板材の張り替えかなぁ。家具屋に相談したところ、そのようなサービスはないといわれましたが。 またマンションの管理会社に連絡したところ、湿気取り機能の付いた空気清浄機を貸してくれました。どの程度の効果があるかは未知数です。
しかし乾燥した冬ですらこれでは、梅雨はどうなるんでしょうなぁ。
1.著者は文章中で(ほとんどウソです)と書いている部分がありますが、どの文からがウソだと思いますか。ウソだと思う文の最初の3文字を書き出しなさい。
2.効率的にかびを生やすための条件を2つ書きなさい。
3.作文以下の条件を満たす160字以上200文字以内の作文を作りなさい。
・あなたのお部屋に理想のカビ環境を作るという内容
・題は「わたしの夢」
以上、OH!WOO!!1999年2月号より